これまで、いろいろな場所を旅してきました。

どこが一番良かったかと聞かれると、少し困ってしまいます。
あちこち行きすぎて、すぐには思い出せないのです。

でも、不思議なもので、旅先でふと目にした風景は、
何年も経って突然よみがえってきたりします。

京都の細い路地に漂うお香の香り。
その先がどうなっているのか、ちょっと覗いてみたくなる奥の見えない小路。
木屋町の高瀬川を流れる水の音。
苔のむす香りと、苔に埋もれそうなお地蔵さんの笑顔。
永平寺に響くお経と雨音。
戸隠の杉並木に斜めに差し込む日差し。
遠く南イタリアでは、白い街並みに落ちる深い影と、抜けるような青空。
教会のフレスコ画から聞こえてくる、遠い時代の調べ。
高い天井とステンドグラスから差し込む青い光。
ヴェネツィアの迷路のような路地。小さなポンテ(橋)の裏に映る、水面の揺らぎ。
賑わうトラットリアで味わうパスタの香りとワインの渋み。
・・・

思い返してみると、記憶に残っているのは、
必ずしも有名な場所や建物の名前ではありません。
光や影、音、香り、そしてその場に漂っていた空気。

五感を総動員しても、まだ足りない。

そんな情景は、いつの間にか身体のどこかに刻まれているようです。
そして、ふとした瞬間によみがえってくる。
名前は忘れてしまっても、あの光やあの香りは今でも覚えている。

少し、目を閉じてみてください。
あなたの五感は、何を覚えていますか。